「オンライン上で自分ができるgive」という言葉を聞いて、一番初めに浮かんだのが、polca支援だった。
自己開示を含むため、書くのを少々迷ったが、ケーススタディの一つとして書こうと思う。

polca支援はライフエンジンに入って間もない頃からやりだしたことだったように思う。
ライフエンジンには2000give文化があって、ざっくり言うと、お金を人の応援や自分のために使おうねっていう文化。しかし当然のことながら強制ではない。
その流れがあるから、polcaというフレンドファンディング(URLを公開された人だけが寄付できる仕組みで、Twitterに貼っている方もいらっしゃる)を使った、お金のgiveがよく行われている。

フレンドファンディングを謳っているのだから、本来は好きな人、いいなって思った人にお金を寄付すればいい。
しかし、なんだか疲れて1ヶ月ほどやらなかった期間はあるけれど、ライフエンジン内で立てられたpolcaに対して全部支援している。
最初の頃、これが当たり前であり、なんでみんなそうじゃないんだろうとさえ思っていた。

無理してるように見えていたらしい。
そう言われて、初めて私のやっていることは不自然なことなんだと気付いた。

どうして全部支援するのか。
「ライフエンジンの仲間だから」。
これに尽きる。しかしこれにはいろんな意味が含まれている。
私は公平に仲間を愛したい。私の感情とは別に。
私はあなたを見ているよ、応援しているよって伝えたい。
一人じゃないってこと、伝えたい。

polcaを立てるってとっても勇気がいる。
本当に不安になるんだよ。
本当に寄付してくれる人いるんだろうかって。
集まらなかったらどうしようって。
私はその不安を感じ取るし、分かる。

だから大丈夫なんだよって伝えたい。

後、支援する時はコメントも残すようにしている。
これは私のこだわりを押し付けている感もあるが、私のpolca支援はコメントとセットである。
これは多分、前からそうだった。
ただするだけだと、ありがとうだけだと、気持ちが伝わらないって思っていて、文を書くのが好きということもあり、文を添えるようにしていた。
思えば、初めて行った飲食店にアンケートがあればだいだい答えているし、本当に感激した時はナプキンか何かに書いて置いていったこともあったな。
その延長でコメント書いているところがある。
喜んでくれたらいいなって思いつつ、自分の気持ちを偽らないようにしている。
だから時々へんてこりんなことも書いている。
相手の喜ぶように書けたらそれはいいんだけど、そこは難しいかな。

きっと今でも不自然に見られているんだろうなって思う。
それでも私にとってのオンライン上の、ライフエンジンに対するgiveとしてきっとずっとやり続けるんだろうなと思う。

でも1ヶ月ほど休んだのは寄付する行為に本気で疲れたからなんだと思う。
まだ見返りなく寄付するって段階にはいけてないからこそ起こったことなのかな、と。
ウフフ、私も未熟だねえ。